久しぶり

 夢の中で、僕は少年だった。正確には少年に戻っていた。12歳位で、分厚くて固い茶色のコートを着て、毛糸の手袋をして毛糸の帽子をかぶっていた。つまり季節は冬だった。たぶん僕の夢の中だからだろう、冬は僕の考える冬らしい冬だった。それは、簡単にいってしまえば、静かという事だった。

 森にいた。冬の森はまだ雪こそ降っていないものの、ひんやりと静かで、それはまるで音が出ていない映画みたいだった。僕もその映画に組み込まれていた。僕は12歳だった時のことを思い出し、筋書き通りに歩き始めた。僕が落ち葉をゆっくりと踏みしめる、さくりさくりという乾いた音だけが波紋のようにあたりに広がり、森に飲み込まれ、消えた。

 しばらくすると、やはりリスが現れた。僕をみるなり、

「やあやあユウト君、久しぶりじゃないか」と言って、駆け寄ってきた。

「君が、長いこと姿を見せなかったものだから、気になっていたんだ。一瞬、誰だかわからなかったくらいだよ。本当に久しぶりだ」

「やあタツミ君。そうだね、久しぶりだね。でも、ここに来る人間は僕だけなんだろう?」

「まあ、言われてみればそうなんだね。けどここでは、そういうのあまり関係ないじゃないか。人間か、リスかなんて」

「そうだね。確かに人間かリスかなんてあまり関係ない」

 リスのタツミ君と僕は、話をしながら歩いた。やがて木々が少し開けたところに出て、僕らは切り株に腰掛けた。周りが静かなので、僕らの声は変に響いたが、すぐ空に吸い込まれていった。

「ところでユウト君、どうしてこのごろはここにこなかったんだい? みんな心配していたよ」

「いろいろ、あったんだよ。それで正直僕は、外で大人になってからだけど、ここのことを忘れかけていたんだ」

「ふうん、そうだったのか」

 タツミ君は体を起こして、鼻の辺りをカリカリとかいていた。人間の社会について何も知らないようだったが、彼は尋ねなかったから、僕が自分から近況を語ることはなかった。僕らは無言だった。

 やがてタツミ君はいなくなり、僕はひとりになった。僕の冬の森は僕の考えるように静かで、僕に時間をくれた。


 夢から覚める。何とも言えない気持ち。言葉でいうなら、切ないとかやりきれないとかそういう気持ちだろう。余韻に浸ってしばらく動けない。

 僕は起き上がって、「ばかばかしい」と声に出して言った。消えたはずだったのに再び出てきた森は、今度こそ消えてなくなった。


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 短編第42期(2006年1月)投稿。