発明品ナンバー21

「さあ、実際に試そうではないか」と博士。

「ええ、はやく試してみましょう」と助手。


 博士と助手は苦心の末、一年をかけてこの発明品を作りあげた。『何でも見える眼鏡』である。


「しかしせっかくだから、かけたとき何が見えるか先に考えてみようじゃないか」と博士が言った。

「それも面白そうですね。早くかけてみたい気持ちもありますが、考えましょう」と助手が言った。


 博士と助手は考えた。『何でも見える』のだから、どこまでも遠くや、逆に目の前の空気中の微小な塵も見えるのではないだろうか。この研究所の外の様子を壁を透かして見る事や、さらには地球の裏側までみる事ができるのではないだろうか。後ろにある物や、自分自身や、遠くからみた状態も見えるのではないだろうか。物の価値や、人が嘘をついているかどうかや、未来まで見えるのではないだろうか。二人の議論はしばらく続き、やがて二人とも黙りこんだ。


「もう我慢ができません。早くかけてみましょう」と助手。

「お前の言う通りだ。かければ全てわかることだ」と博士。


 しかし、いよいよ完成した試作品の『何でも見える眼鏡』を前にして、問題が起きた。


「試作品は一つしかない。悪いが私に先にかけさせてくれ」と博士。

「そんな。私だってこの研究に貢献しました。どうか私に」と助手。


 二人は自分こそが眼鏡を先にかけるのにふさわしいと主張しあったが、二人の話し合いはまとまらない。ついに博士がある提案をした。それは試作品の元になったただの何でもない普通の眼鏡と『何でも見える眼鏡』とを混ぜ、二人で一つずつ選んで同時にかける、というものだ。


「見かけではどちらがどちらかわからない。いい考えだろう」と博士。

「なるほど、それなら公平にもなりますし、いい考えですね」と助手。


「ではかけよう。いいか、私が合図をしたらだぞ」と博士。

「わかりました。博士こそ抜け駆けはだめですよ」と助手。


 二人は同時にそれぞれの眼鏡をかけた。

 とたんに二人とも素頓狂な声を上げ、すぐに眼鏡を外した。目を見合わせ、もう一度自分の持っている眼鏡をまじまじと見た後、素早く互いの持っている眼鏡を交換し、かけた。

 するととたんに二人ともさらに素頓狂な声を上げ、すぐに眼鏡を外した。目を見合わせ、さらにもう一度自分の持っている眼鏡をまじまじと見た後、素早く互いの持っている眼鏡をまた交換し、かけた。

 とたんに二人とももっと素頓狂な声を上げ……


* * *


 短編第44期(2006年3月)投稿。

定例閣議

 食糧大臣は、早めに首相官邸閣議室に入っていた。壁の時計では、定例閣議まで十五分。

 閣議室の大臣たちは、資料を見直している者、メモを書いている者、くしで身だしなみを整えている者、氷結肉をかんでいる者など様々。氷結肉というのは、アザラシの肉を小さく凍らせたものだ。食べている科学大臣は、食糧大臣が嫌いな男の一人。彼が嫌いな男は多いのだ。


 やがて残りの大臣が到着し、着席。

「これより6月12日定例閣議を始める」

 首相が宣言し、大臣たちが礼。食糧大臣も礼。

 まず、気候調整施設の不具合問題について。科学大臣が立ち上がって話し始める。

「今朝、アジア地方で大規模な気候調整施設の不具合が発生しました」


 科学大臣は状況を説明。責任を感じている様子はない。むしろやりがいのある仕事ができてうれしそうでさえある。続いて保健大臣。

「現在アジア地方では、気温の上昇で熱中症患者が続出しています。州知事は外出の自粛を勧告しました」

 おそらく混血、少し茶色っぽい女性大臣。極夜開けの太陽のように輝く笑顔が、今日はかくれてしまっている。


 食糧大臣は思うのだ。

 大変な問題だ。今やこの暑すぎる星で、気候調整施設がなければ我々は生きていけないだろう。だが、本来は、そのまま住めるところに住むべきではないか、と。


 やがて首相が閣議終了を宣言。その後は数少ない雑談の時間。あまり気は進まないが、食糧大臣もその場に残る。

「ところで聞いただろう、ニンゲンの話」と首相。

「ええ聞きましたよ」

「何ですか、それ」

 身長2メートルに満たない小柄な国防大臣は、ニンゲン絶滅を知らない。首相が待ってましたとばかりに説明。今朝、火星の飼育施設の最後のニンゲンが死に、ニンゲンは絶滅したのだ。彼らとの戦争からもう二百年。

「まあこれもしかたない事なのだよな。我々とニンゲン、どちらかが消えねばならない運命だった。今や我々の時代だ。それにニンゲンが地球を支配していたときの事を考えてみろ、我々の同胞、例えばツキノワたちは彼らに滅ぼされたのだぞ」

 首相の持論。その手の歴史小説を読んでから、いつも言っている。


 それを聞くたびに、憎々しげに食糧大臣は思うのだ。

 それはシロクマという、この太陽系の支配生物としてのおごりではないだろうか、と。

 ニンゲンがかつて地球を支配していた頃、彼らもそう思っていたのではないか、と。


 やがて閣議室からシロクマたちはいなくなる。


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 短編第43期(2006年2月)投稿。