『スペードの女王・ベールキン物語』 プーシキン

『スペードの女王』と、ベールキン物語より『駅長』を読みました。
まあ『駅長』は歴史の流れ的な意味でなるほどなっていう感じではありましたが、『スペードの女王』が強烈ですね……。かなり衝撃を受けました。

一種の霊モノって言えばそうですね。もし現代風にアレンジしたら世にも奇妙なとかの雰囲気に近いかもしれない。
章だての切り方、クライマックスへの盛り上げ方、ラストのオチ(?)、最終段でのひき方、全部うまいと思います。

『オネーギン』 プーシキン

『エヴゲーニイ・オネーギン』ってタイトルの方が日本では有名な気がしますが、岩波文庫ではこのタイトルです。

プーシキンの足フェチぶりは聞いていましたが、実際にプーシキンが足を語るくだりを読んだのは初めてで、おおすげえ足フェチだと思いました。

ドラマ性としてはなかなか良かったと思います。なんでもこのタチヤーナはその後のロシア文学界における「ロシア的ヒロイン」の原型になったらしく、ドストエフスキーを読んだ感じでは、確かにそんな雰囲気があるなぁと思いました。
また、この独特の語り口というか、語る部分のテンポっていうか、カメラの向け方みたいなものが、あまり今まで読んだことのない感覚で、おもしろかったで す。本筋になる部分に関しては、ハッキリ言って多くを語ってはいない。読者の想像にゆだねている部分が大きいと思います。その代わりに、作家の語りが入っ たり、自然描写(やっぱりプーシキンは自然描写が繊細かつ濃密)が入ってたりして、うまくテンポを持っていっている。

しかし韻文小説っ て、散文小説よりさらに翻訳不能ですよね。これは散文訳ですが、やっぱりなんか変な独特の雰囲気が出てしまいます。かといって新たに日本語で散文にして訳 すのも、かなり創作を加えないと無理で、通常の翻訳の範囲を逸脱してしまうでしょうね。ロシア語で読めるのが一番ですが、現状では僕には不可能です。
そもそも翻訳という行為自体かなり難しいものがあって……言語が変わると世界が変わりますから、作品の内容によっては、映画化、ドラマ化、漫画化、アニメ 化なんかより難しくなり得るものですよね。大変だ。純文学の翻訳者の人たちって、仕事においてものすごいジレンマみたいなものを抱えてるんじゃないでしょ うか。

あとは僕はバイロンを読んだことが無いので、何とも言えない部分が多々ありました。

『哀れなリーザ』 カラムジン

教授(ロシア文学)の紹介で。
まず語り手(私)=作家の構図っていうか形を使うことによって、一応主人公をリーザにしつつもエラスト側の情報も書けるわけですね。
さらに、リーザ視点で書いてしまうとどうしても「リーザに対する感情移入」を誘う形になり、そこから「読み手=リーザの悲しさ(作中のリーザの心内語の内 容の悲しさ)」を誘発するわけですが、作者の狙っているのは「読み手→リーザの悲しさ(作中の語り手=作家の書いている悲しさ)」ですから、リーザを外か ら見れる語り手=作家の手法はその点うまく使われていると思います。
ちょっと教授が言っていたこととは違うわけだけど、僕が考えたのはこういうことでした。

前どっかに書いた「最近のラブコメは主人公に感情移入させない」みたいなのと若干通じないでもない。そうするとロシア文学はやっぱり日本文学っていうか日本文化の大分先を行っていると言えないこともある。さすがに強引すぎる。

あとはなんか処女信仰っていうか清純じゃなきゃダメみたいな宗教的力が強く感じられますね。時代でしょうか。

タイムバタフライ

 ガガガガガ、と凄まじい音を立てて、巨大な円環が回転を始めた。ヒュンヒュンヒュン、と、空気を切り裂く音がだんだん高く速くなってゆく。チタンコートのリングは直径10メートル。中心にはスチールチェアがぽつんと置かれている。八方からの光線で、その背もたれはメタリックシルバーからクロムグリーンへ。

「あの椅子に座ってこの装置を動かす」

 白衣の男が説明する。

「臨界点を突破すると、椅子の上の生命は過去へ転送される」

 男が電話帳のようなものを僕に半ば投げつける。

「それに基礎理論は書いてあるから君も読めばわかる」

 数式なんて見たくもない。

「ただしさっきも言った通り問題がある」

 そう、人間のような体積と質量をもった生命はうまく過去座標で凝固できず、蒸発する。

「そこでこれが役に立つ」

 男が第二のパネルのボタンを押す。今やカドミウムオレンジに輝くスチールチェアの上方から、やや小ぶりの第二の円環が降下してくる。人間の座高より少し高い空中で、天使の輪は静止する。

 キキキキキ、と不気味な音を立てて、第二の円環も回転を始める。パチパチパチ、と、ターキーレッドのリングから火花が散る。

「あれで転送対象を蝶に縮小、リビルダブルなサイズにする」

 男が投げつけた第二の電話帳を僕はかわす。

「その基礎理論は難しいから君には無理だ」

 男は白衣のポケットからウルトラマリンブルーのハンカチを取り出し額の汗をぬぐう。

「……本当に行くのか?」

 今日初めて親友と見つめあう。轟音を立てる第一のリングが10回転。僕はうなずく。


 決行は三日後。僕は施設を後にして、歩く。

 夕暮れの川沿いに伸びていく小道。早くも足元を照らして進む自転車。苦しそうに走る中年男。鞄で羽ばたく小学生。鯉と菓子を分けあう少女。見つめる白鷺。流れる川面。高架を叩いて去る電車。夕日に浸る栗の木を揺らす風。水田で大勢騒いでいる雨蛙。仄明るい雲の合間で少しずつ輝きを増し始めた宵の明星。

 自分の現在と未来を捨て、蝶になってまで過去に行く。一体、蝶で何ができる。羽ばたくことができる。羽ばたいただけでは何も変えられない。……と、誰が言い切れる。証明好きの悪魔はカオス理論をどう考える。

 残照の銀朱の中、一羽の大きな紋白蝶が、どこからかひらひらと飛んできた。

「時をかける蝶々、か」

 傾く日の中で必死に宙を漂う魂に、僕は問う。それで君は、そんなに一生懸命に羽ばたいているのかい。


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 短編第79期(2009年4月)投稿。