3という数字の秘奏性と虚造性と魔想性を考察するべくなされた一つの小さな空想譚

 地下鉄に乗って午後三時。だが地下だ、暗い。暗い暗い暗い隧道を黒い黒い黒い地下鉄がいくらいくらいくら走っても闇には追いつけぬ。地下鉄は空いている。が座席は埋まっている。私は立っている。地下鉄を好いてはいない。が予定は詰まっている。私は乗っている。

 隣の背広が窓あけた。だが地下だ、暗い。暗い暗い暗い隧道の黒い黒い黒い空気がいくらいくらいくらふきこんできても彼は気にかけぬ。私はそれがわからない。が書類は溜まっている。私は読んでいる。

 ふと顔あげた。窓ガラスが半分押し下げられできた空間。閃が光においてきぼりを食らう。気づいた。窓ガラスには私の身体が映る。が外の闇には映らない。ちょうど私の首から上が無い。私の身体はここに在り。が窓には首が無く。五体不満。私の愛しい愛しい愛しい首。おいてきぼりをくらったのでは。今頃はるか後方の暗い暗い暗い隧道で怖い怖い怖いと泣いて泣いて泣いているのではないか。しかしいくらいくらいくらクライクライクライしたところで助けは来ぬ。あわれな首は自分の受けた仕打ちの酷さを思い、いじらしくも独り歩みだす。が足が無い。首は座っている。

 隧道には鼠。やがて黒い黒い黒い鼠たちが首の回りに集い集い集い。群衆。が鼠はつまらない。なんだただの首か。そう首が地下鉄の窓からこぼれおちおいてきぼり食らうなどよくあること。鼠たちは思い思い思いの方角へ去、三匹が残。さあどうするこの首食してしまうか。一匹言う。やめて僕を食べないで。首言う。それじゃ、どうしたい。ひときわ出っ歯の鼠言う。僕を地上に出して。身体を見つけられるかも。鼠たちはしばし黙。無理だとは思うがね、やってみよう。

 出っ歯の鼠が先頭、顎の下に入って首支え。残りの二匹が後衛、首の断面の下支え。えっこらえっこらえっこら彼らは歩く歩く歩く。脇道に階段見つけチュウと鳴く。されど登れず。壁際に梯子見つけてチュウと啼く。やはり登れず。進むうち廃駅見つけチュウと泣く。なおも登れず。暗い暗い暗い隧道をますますます暗い暗い暗い気持ちで進みながら首は堪え切れずにクライクライクライされどいくらいくらいくら泣いてもどうにもならぬと鼠鼠鼠はチュウチュウチュウだが首はきゅうきゅうきゅう。

 私は散々の眼精疲労で凝り固まった首筋を押し込みながら青山一丁目で降りた。地下鉄を好いてはいない。が空想は猛っている。改札を出る。が残額足りぬ。チュウと鳴く。


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 短編第82期(2009年7月)投稿。

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