『ザ・ギバー―記憶を伝える者』 ロイス・ローリー

小学生の頃よんで、ものすごく印象に残っていた作品。けれどもタイトルは忘れてしまって、おおまかなあらすじと、ラストシーンと、表紙の怖いおじいさんだけが記憶にこびりついていた。数年前、たまたまインターネットでタイトルを特定するにいたり、アマゾンで購入。新訳版でスタイリッシュな表紙の物が出ていたが、いやいやあの爺さんじゃなきゃダメでしょ、と思い、あえて古い方を買い求めた。

ディストピア系児童文学。最初は微かな管理社会っぽさが漂っているだけだが、読者の違和感は主人公の疑念とシンクロして強まっていく。ディストピアものが最終的に到達しがちな、感情の問題に容赦なく突撃し、むしろこんなもんを世の児童たちに読ませて良いのか、という感じさえする(どんどん読ませるべきだ)。

『ぼくのメジャースプーン』 辻村深月

『条件ゲーム』を提示できる能力をもつ主人公。全然そんな雰囲気じゃなかったのに、能力モノかよ、という。

その能力の使い方を延々考えるところとか、悪く無いと思うし、ある種儀礼的な行為ですらあるけれど、ちゃんと「ぼく」は我々読者を欺いてくれて、パーツはすべて揃っているという感じがする。しかし、一点気に入らないのは、あまりにも悪を凡庸で低俗に描きすぎていないか、ということ。ものすごく露骨なので、もちろんそういう表現を意図してやっているんだろうけれども、その部分が気に入らなかった。せっかくだし、現実世界のそこら中に転がっている凡庸さから、意識を逸らさせてほしい、みたいな欲求が自分にはあるんだと思う。