『氷菓』 米澤穂信

 角川祭で買った。132円である。安い。常時これくらいの値段ならいいのに。
 アニメ化されて話題になっていたけれど見ていない。
 アニメ化してそれが深夜にやっていたということから作り出されてしまう対象年齢イメージとは違い、この作品を読む限りこれは順当にジュブナイルであるように思えた。なんか本当にジュブナイルが読んでいるとは限らなさそうなジュブナイルというか。しかしともかく安心感がある。変なところにはいかないだろうな、と落ち着いた気持ちで読むことができる。それは良いことだ。

『know』 野崎まど

 ネタバレ含む。クリティカルではないつもりだけど。
 聞いていた通りの巧い小説だった。物語の推進力が維持され、加速し、収束し、余韻を残して投げ飛ばす。
 典型的なややライトなサイバーパンク風、多少のディストピア感あり、ボーイ・ミーツ・スーパーガールモノ、といったところで、パーツ個々にはとくに真新しさは感じない。が、新鮮に感じたのは二点。

 一点目。タイトルでもある、知る/know、ということの掘り下げ。冒頭、未来の京都の修学旅行生たちは、やたら解説口調で、それこそスマホでWikipediaを見ながらといった感じでしゃべっているけれど、まさにそれが意図した演出であったことに舌を巻く。検索して今まさに仕入れた知識と、もともと持っていた知識とを区別せずに喋ったり文章を書いたりする現代人の行動が(このブログだってそうだ)、そのまま着想になっているのでは、とも思える。
「科学が求めるものはなんだ?」
 プロローグの最後(そう所詮ここまではプロローグなわけだ)、このような巧い物語の構造上宿命的に退場しなければならない(それも二度も!)カリスマは言う。
「”全知”だよ」
 ここにおいてこの物語の到達点は”全知”であることが示される。では全知とはなんなのか。全てを知ること。すべてを知るためには、いま自分は何を知らないのかを知らなければならない。いま自分はなにを知らないのか。その探求のために(あるいは主人公や、私達読者の探求を促すために)、彼女は4日間を使った。そうして辿り着いた場所は、ある意味正統派であって、やはりこのパーツには真新しさを感じない。というか、人類史上もっともみんなが気にしてきたことだ。けれど、そこに至るまでの道筋は、今までにあまり触れたことのないもので、面白く読むことができた。

 二点目。物語の結末。これくらいのスケールの世界の変え方、良いな、と思った。一人や二人の脳の中で完結してしまうのでもなく、人類が直球でどうにかなるわけでもない。このバランス感覚と、エピローグの表現手法は、非常に強力だと思った。投げつけてくれる。

 あと、もう一つこれは別に新鮮っていうわけじゃないけど巧いと思うのは、この小説は魅力的な反復を幾つか備えているということ。装備しっかりしてますね、という感じ。って初めてです、とか。

 良くない点は義務みたいなセックスシーンがあることです。

 

書くことがなくなっていき、やがて消えてしまう

 Nexus7を買った。 悪くない。もう少し軽ければ完璧だけど、競合他製品と比べたら軽い方なので、受け入れるしかない。 android app版のkindleを使ってみる。十分だと思う。これだけ使えれば。android版は動作が微妙みたいな話を聞いたことがあったけど、十分行ける水準だと思う。 気になるのはむしろ、まだまだKindle化されていない書籍が多くあることで、売れ筋のタイトルでも読めないとKindle全体の価値が下がるように感じる。出版社側作家側も色々守りたいところがあるんだろうけど。電子書籍の普及のスピードが遅いのはデバイスの問題とか価格の問題とか権利の問題とか、果ては紙の本の方が暖かみが何て要素ではなくて、本当は規格とプラットフォームの問題だと思う。

 加湿器が勝手にきれてしまう。まだタンクの中に水があるのに、安全装置が働いてパチンと切れてしまう。空気は乾燥し、目は乾き、肌がつんと張る。教室の端におかれた灯油ストーブにのせた盥に、朝早く来た誰かが水を張る。これまた誰かがそこに消しゴムの切れ端を放り込み、それは煮込まれている。私は目を閉じて、七月の嵐を思う。カーテンの向こう側、生暖かい空気が雨を吐き散らし、どきどきと私の鼓動は高まる。あなたの吐き出した白い息が、季節をぐるぐると回している。