『息吹』 テッド・チャン 大森望 訳

 まだ読んでなかった枠。どの作品も、アイデアと問題意識のレベルがすごく高いと思った。特に、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」、「偽りのない事実、偽りのない気持ち」、「不安は自由のめまい」が良かった。

「商人と錬金術師の門」はある種の時間SFで、アラビアンナイト語りだ~と思って楽しく読んでいたら作品ノートにも言及があって嬉しかった。SFガジェットの働きと限界、それに語りの構造が連動しているのが美しい。

「息吹」はアイデアが良いし、自分の脳をバラしていく画も良い。熱的死の先を見るエモさも良い。あと邦題の訳し方も良いと思った。

「予期される未来」はボタンのアイデアが良いと思ったけど、それを超える展開がない内に終わっちゃった印象。

「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」は『2010年代海外SF傑作選』で既読でそちらで感想を書いてた。やっぱり良い。再読すると欲が出て最後もう少し話に区切りが付いて欲しい感じとか、続きが読みたい感じが出てきた。

「デイシー式全自動ナニー」は物足りなさを感じた。この解説体の語り方が上手くいってはいない感じ。作品ノートで趣旨は理解できたが……。

「偽りのない事実、偽りのない気持ち」は特に良かった一作で、テクノロジーが人間を拡張・変容させる王道のハードSFなんだけど、そういうときのテクノロジーに対する向き合い方の方向が複数提示されて揺さぶられる。筆者の「リメン」に対する抵抗感(網膜カメラの記録映像を検索可能にしあまつさえサジェストまでしてくることで、過去の嫌な思い出の記憶を都合良くぼやかして改変してしまう余地がなくしてしまうのは、つらいことではないか?)に共感しながら読み進め、一方作中作パートではそんなもん文字の方が正しいだろと思いながら読んでいくと、思わぬ形で二つが重なり合って、最終的に筆者が終盤述べていることの説得力が強烈になる。アイデア、問題意識と考察、それを効果的に表現する構成、すべてがすごいと思った。すごく印象に残る。

「大いなる沈黙」はワンアイデア掌編。かわいい。

「オムファロス」は題材めちゃくちゃ良いな~と思って読んだ。結末は少し平凡には感じられるが、誠実に考えたらまあそうなるかというところで安定感ある。

「不安は自由のめまい」は、これもやはりテッド・チャン的な問題意識が色濃いと思う。プリズムそのものの話ではなくて、それがあることによる人々の苦悩とか救済を真ん中に持ってきていて、かつそれをドラマにするためにプリズムの悪用の話を使って駆動していくのが上手。登場人物も多めで結構焦点がぼやけている感じが中盤するんだけど、最後の収束も見事だった。といってもキャラクターたちが収束するんでなくて、問いに対して答えが収束するというか。

『ブルー・エコー 総集編1』 葵あお

 第三十三回文学フリマ東京にて入手。その前年に読んだ『月鯨の夜』が面白かったので。

 ライトノベル調のSFというかファンタジーというかの連作短編。総集編ということで490ページの分厚さながら(なかなかの圧がある)、読みやすく、内容にも引き込まれてあっという間に読んでしまいました。なんというか、安心して読み進められる感覚があってとても良いです。キャラクターが魅力的で、またその魅力が引き出される話の構成になっている……。ディアがかわいいので幸せになって欲しい。デート回よすぎる。あと行天の当機呼びめちゃくちゃ好き。続きも楽しみです。

『うつくしい繭』 櫻木みわ

 これ系の経緯で読んだ。

 アジアをフィーチャーした四本の短編で、それぞれ舞台が東ティモール、ラオス、南インド、南西諸島。東ティモール舞台の『苦い花と甘い花』が良かった。結末の重さやどうしようもない悲しさから、そこまで積み重ねられた描写や説明がもう一度返って来るというか、放心状態にさせられてしまう読後感があって素晴らしい読書体験だった。他の三作は『苦い花と甘い花』と比べると自分の好みの基準からは一段引いていたけれど、それでもどれも各地の空気が鮮やかに描いてあって、味わって読む事ができて良かった。

『バーナム博物館』 スティーヴン・ミルハウザー 柴田元幸 訳

 読んだことがなかったのですが、ミルハウザーすごい的な話は方々で聞くよなというベースがあり、そこに先日鷲羽さんがミルハウザーリスペクトで文体の舵をとっていたのを見てさすがに読もうかなと思って読みました。

 すごかった。文舵の文脈が直接的きっかけだからなおさら語りに注目してしまったけど、語りがすごい。なかでも『雨』は語り全振りの極地のような感じがする作品でとても気に入った。概ね雨降ってるだけなんだけど(そんなことはない)、それでここまで読ませて印象を残せるの、真似したいという気持ちになる(そうそう真似できない)。

 収録順とは前後したけれど冒頭『シンバッド第八の航海』がいきなり物語の多層構造とそのリズムのズレの話を展開してきたのが好きなやつで、ぐいぐい引き込まれてしまった。それでいてメタ構造メインかというとそうではなくて、ドロップキャップのパートの語りの描写力がやっぱり凄まじく、技巧バランスが高すぎると思った。

 一番良かったなと思う『探偵ゲーム』も、現実の登場人物達に焦点化した語りと、ボードゲームをひたすらカメラアイで描写する語り、それにボードゲーム内のキャラクターの語りが交錯するという技巧作で、そこら中で語りがcoolで惚れ惚れしてしまう。かつ、結果的にこれだけ登場人物が多い状態でそれぞれの人物像や相互の視線を鮮やかに描いていて本当にレベルの高さを感じる、気持ちいい作品だった。

 ただ、語りがともかく強い短編・掌編作品なので、なんというかドラマの熱さというかオチの収束の気持ちよさみたいなのは少なめかな……と思っていたら、最後に収録されている『幻影師、アイゼンハイム』はそれ意識してこの収録順にしたなと思わせるような作品だった。結末が良い。結末の良さの印象が強かった作品は収録作の中でこれだけなんだけど、それが最後に配置されて一冊がすごく良いものに仕上がったと思った。原書とは収録順が異なるらしいけどこれがトリなのは原書も同じとのこと。だよね。

『雨の島』呉明益 及川茜 訳

 自然とオブセッションの話だと思った。自然、特に動物の描写、それに対する人間の思いに迫力があり、読み応えがあって味わい深い。もう一つ共通点的に出てくる、クラウドストレージの中身を親しい人に開示してしまうウイルスの設定は、なんか位置づけが中途半端に感じてよく分からなかった。全部面白かったけれど、「闇夜、黒い大地と黒い山」(ミミズ)、「雲は高度二千メートルに」(ウンピョウ)、「サシバ、ベンガル虎および七人の少年少女」(鷹と虎)の三作が特に良かった。

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』 アーシュラ・K・ル=グウィン 大久保ゆう訳

 そういえばこのブログには書いていなかったので書き残してリンクを貼っておこうと思った。

 本書がよくある(よくある?)小説創作本と少し違う特徴は二つ。

 一つは切り口が『文体』であること。よく売れている気がする創作指南本では話題がプロットとキャラクターであることが圧倒的に多いと思う。プロット、キャラクター、ナラティブという三大要素(いま勝手に決めました)のなかで言ったら文体に関する本は少数派だったのではないか。「みんなコード進行ばっかり勉強しすぎだろ!」みたいな……。

 もう一つは、章毎に練習問題があり、かつその練習問題に合評会(ワークショップ)の形式で取り組むことが推奨されていること。そもそもル=グウィン先生が実施していたワークショップを本にまとめたというものらしい。練習問題がある創作指南本までならみたことがあるけれど、前述の通りプロットとかキャラクターの場合、練習問題といってもボリュームが大きくなりがちだし(っていうか練習問題がプロット書け、になりがち)、合評会をちゃんとやるのは結構難しい。それに対して文体に関する練習であれば書く文も短くて成立するし、合評会が結構気軽にできるラインに入ってくるのが大きいと思った。合評会までいかなくとも練習問題を解いた答案をオンラインで公開したりとかもやりやすいので良い。

 自分は幸運にも合評会に参加することができ(感謝!)、昨夏からやってきたのですが、これがめちゃくちゃ楽しかった。単純に同じ課題で他の人が書いたものを自分のを見比べたときの差が面白くて勉強になるし、自作に対して客観的な感想が複数もらえるというのもとても良い。他の人の作に対してコメントするのも、練習問題で設定された切り口で分析的に読む楽しさがあるし、本人から意図が聞けるなどというチャンスまである。ル=グウィン式合評会ルール(たとえば「実質ウテナ」とか「百合なんだよな」のような発言が禁止されています)が良くて心理的安全性も確保された感じになる。また、「文体」メインであることの副次的な良さとして、提出した回答は「それ以上でもそれ以下でもない」という扱いがしやすいので、変な言い訳はできないし、過剰な思い入れを持つこともない気がする。たとえばプロットの合評会やろうとしたらプロット書いて出してそれになんかコメントされたとき多分つい「確かにそうですね~でも本文でこういう感じに書けば良いかなと思って~」みたいな言い訳出そうだけど(つまりプロットは途中工程だから)、それに対して語りだと断片的かもしれないが一応最終成果物だからそういうのがない。

 そんな感じで取り組んだ回答を以下で公開しているので、よろしければどうぞ。

#文舵|sasaboushi|pixivFANBOX

The Year’s Best Science Fiction Vol. 2: The Saga Anthology of Science Fiction 2021(1/x)

 いわゆるベストSF(英語)。これを読む読書会に参加しているのですが、英語の小説とかこういう機会でもないと読まないので勉強にもなるしとても楽しいです。しかしなかなか読むのは大変な上、この本かなり分厚いので(Kindle版で読んでいるので分厚さはスクロールバーの霊脈で感じ取っています)かなり先は長いという感じがしています。でももうすぐ半分か? くらいまで来たのですが、もう最初の方は忘れ始めてるなと思ったので一旦ここまでのメモを残しておきます。自分メモだからあんまり作品の紹介とかしてないけど、イチオシって書いてあるやつはオススメ。

A Guide for Working Breeds – Vina Jie-Min Prasad

  • イチオシ。邦訳『働く種族のための手引き』はSFマガジン掲載、創られた心 AIロボットSF傑作選にも収録とのこと(自分は読んでいない)
  • 犬SF。かわいい。
  • 主観時間が伸びるところの表現がすごい。この表現形式でアクションシーンが描けるとは思わなかった。唸る。
  • 最後のとこCKが生きてるのかちょっと不安になるんだけどもちろん生きてて一緒に暮らしててっていうハッピーエンド感が良すぎる。
  • 砕けているけれども崩れてはいない(?)書き口語(インターネット的)文体が読みやすくてとっつきやすかった。
  • 犬の天丼、カフェで戦う(ナイフ、火炎放射)とかの回収する構成も見事。

An Important Failure – Rebecca Campbell

  • 楽器SF。
  • 壮大。
  • 本筋で詳しく説明されないのに世界がかなりヤバいことになっているというのがうかがえるのが良い。山火事、洪水、パンデミック……。
  • といっても日本に住んでいると山火事に災害としてのリアリティがあまりなかったりするけれど、北米西海岸だと感覚が違うんだろうなと思う。
  • 一番最後の演奏するシーンのエモさが好き。
  • でも英語が難しくて正直読み切れなかった。

Drones to Ploughshares – Sarah Gailey

  • ドローンSF。
  • 「Query:other people?」のところが好き。アイコンタクト的、顔を見合わせる感じ。急に距離が近いというか。Bravoは音声会話にこだわってたけどここでは人間をフォローする意味もあってすぐ返答しているのがかわいい。
  • 最後の台詞でpleaseを使ったりI think I’d likeなんて急にふわっとした表現、かつ、好みというドローンはそんなもの持ってはいけないと自分でいってたことを持ち出してしまうというのが決め台詞感が強くて、武装解除の承諾と同時に精神的な鎧も捨ててる感じ。上手い。
  • ただ話がシンプルすぎるのでなんとなく説教臭さもちょっと感じてしまうところもあり。最後のところなんかなんというかこう、ロールに縛られなくていいんだよ!みたいな……

The Pill – Meg Elison

  • イチオシ。読み応えあり。邦訳『薬』はSFマガジンに掲載とのこと(自分は読んでいない)
  • 肥満SF。
  • 軽い文体で皮肉やギャグも挟まり読みやすいが、かなりシリアスで怖い題材
  • ギャグでは、以下のあたりが好き
    • Then Walmart stopped carrying plus sizes altogether.
    • People on campus avoided me like I was a radioactive werewolf who stank like a dead cat in a hot garage.
  • そういうギャグを入れつつ、太っているから他の男のとこにいかないと思ってたんだろうとか、太っているのは真の姿ではない(なかった)のとか、かなり人間性の痛いところを突いてくるというか、迫ってくる物がある話。
    • that maybe my dad the football player had gotten with my less-than-perfect mom because he knew she’d never cheat on him. Could never. Just like she thought I could never go out and get myself in trouble. Because fat girls don’t fuck, I guess?
  • 1割死ぬという無茶苦茶な設定ながら、肥満のままのリスクの方が大きいとか正当化してそれを飲むグロテスクさ。
    • Worth it, worth it, worth it:こわい
    • でも反ワクチンのひとはこういう風に世界をみているのだろうかとも思えて、無茶苦茶じゃんって笑うこともできなくなったりする。

The Mermaid Astronaut – Yoon Ha Lee

  • 人魚SF。
  • っていうかSF人魚姫。
  • 人魚姫から、人魚の美しい声、人間になるために魔女に助けてもらうけど代償を払う、とかいう要素を借りつつ、展開としてはかなり違う、というかイージーモードになっている。そもそも主題は愛ではなくて宇宙旅行、しかも基本的に手に入った。
  • というイージーモード化のせいか少し平坦なストーリーに感じた。
  • 全体的に描写が豊かで良い。At last they reached the witch’s dwelling. Strange phosphorescent worms and rocks indicated the entrance.とかの描写。ほかの生物の描写とかも豊かで、面白い(語彙難しいが)。
    • starbaseの娯楽施設楽しそう
    • Ssenかっこいい、クールな感じで
    • Koi-spotted そういう風に使うんだ
    • engineer-priest なにそれ(フロムゲーのビルドっぽい)
  • 相対論が出てきてドライブがかかる。SFみが増す。
  • オチはよくわからんというか納得感あんまりない。魔女の言ったこともあんまり聞いてこない感じ。

It Came from Cruden Farm – Max Barry

  • アメリカンブラックユーモアエイリアンSF(アメリカが鹵獲してエリア51に秘匿しているエイリアンがネトウヨレイシストになってしまった)
  • ギャグとか幕の作り方がそれこそシンプソンズみたいなコメディTV感
  • alianのpronouns問題で揉めるのがポリコレ揶揄のギャグパートなのかと思ったら伏線(alianは普通にhe、それどころかガチガチのレイシスト白人男性)とかが笑える
  • 笑って良いのか?という居心地の悪さもまた笑える

Schrödinger’s Catastrophe – Gene Doucette

  • CatじゃなくてCatastropheっていうタイトルで出オチの事象崩壊宇宙SF。
  • weirdだ。
  • コンピューターとの応酬すき。“Never minding.”めちゃめちゃ好き。
  • 文体が一々もってまわった感じでうるさい。と思ったらそれを活かしてくるnarrative mode、theatrical modeめちゃめちゃ好き。
  • オチも欲しいところに来て大変良い。
  • もう少しコンパクトにできたんじゃないという感じはある。

Midstrathe Exploding – Andy Dudak

  • 時間SFと見せかけて多分時間SFというよりも邪教SFというか新興宗教SF的な面が強い。
  • 英語であることも相まって読み解くのが難しい描写・場面が結構あり、これ誰の視点なんだ、ここで出てきたの誰、これどういう意味、等色々と考えることがあって、読んだときもそれを解いていくのが面白かった(最初母親の話なのかModwenの話なのかこんがらがって意味不明だったけど二三回読んでどんどんわかってきた)し、読書会でも盛り上がったのが楽しかった。
    • 母親がどうなったのかとか
    • 最後の、母親に会いに来た(推定)ところとそのあとのシーンの意味
    • あたり
  • 単純に語彙が難しいのに加えてオリジナル語義が使われているので非英語母語者にはこんがらがる。SF的にはかっこいいけど
    • catastrophic temporal normalization
    • wave-front
    • Dyad
    • scrip(一応言葉としてはある、軍票みたいな……)
  • 時間SFとしてみたら可視光線の扱いとか適当すぎないかというところはある

The Bahrain Underground Bazaar – Nadia Afifi

  • イチオシ。
  • 死と意識のSF
  • サイバーパンクみあり(インプラントチップが記録した死の直前の記憶を追体験させてくれる闇マーケットに通う死期の近い老婆、よすぎるだろもう)、旅情あり、重厚なドラマ有りで読み応えがあってイチオシ
  • I’m for death.とかかっこいいフレーズ
  • 一人称文体が良い。没入の演出にも効いてくるし、死期の近い老婆の静かさ(?)みたいなのが出ている。
  • というか老婆という使い方が構成として綺麗。闇マーケットで取引される臨死体験というSFあるあるに死期の近い老婆っていう組み合わせ。
  • ペトラ、行ってみたい。
  • 死んでも意識が残ってたシーンの強烈さが印象的だったのでそれが何か伏線なのかと思ったけどそうでもなかったな。

50 Things Every AI Working with Humans Should Know – Ken Liu

  • 創作AISF
  • 創造性とはという主題を真面目にこねくりまわす前半(英語難しくて読み切れてない感あるけど)よかったし、後半のいかにも「AI同士にはわかってるけど人間にはわからない」深みやユーモアを感じさせるそれっぽさもよかった。
  • 最後のオチというか補足は個人的には余計だと思う。それこそ本作のように全部AIがかいたとかならすごいけど部分的な話だと作品的には蛇足というか、なんかこう、「このペンで書きました」みたいな、ケンリュウに興味がある人は嬉しいかも知れないけど作品自体には特段必要ない情報な感じがする(でもみんなケンリュウには興味あるから、みんな嬉しいだろ!といわれれば、はい、嬉しい)。

Polished Performance – Alastair Reynolds

  • これも人工知能モノだ。やっぱり流行なのか。
  • 長い! この長さ要る?
  • ブラックユーモアというか、悪い描写が多くて楽しい。
  • タイトル、キャラの名前が宝石なことにかけてるのかと思ったけど、読書会の中でお掃除ロボがpolishするのとかけている方がメインなのではというコメントがあって、なるほどそっちが強そう、と思った。
  • オチの自己認識すら没入してる(?)感じは好き。

続きは後日。

『坂下あたると、しじょうの宇宙』 町屋良平

 ある読書会で小説を書くAIに関する話をしていたときに、この作品がまさにその話題を扱っていますと教えていただき、読むしかないと思って読みました。小説を書くAIに関する話、という観点のみで言うと、切り取り方に少し物足りなさも感じたものの、創作に関する話、青春小説として全体として良く、読んで良かったです。

 以下ネタバレ有り。

 まず小説を書くAIに関して微妙に思ったところを先に言うと、あらすじや帯文においてAIが全面に押し出されてすぎているのが気になる。公式サイトの紹介文を引用すると、

高校生の毅(つよし)は詩を書いているが、全くといっていいほど評価されていない。
一方、親友のあたるには才能があった。彼は紙上に至情の詩情を書き込める天才だった。すでに多くのファンがいて、新人賞の最終候補にも残っている。
しかもあたるは毅が片想いしている可愛い女子と付き合っていて、毅は密かに劣等感を抱いていた。
そんな中、小説投稿サイトにあたるの偽アカウントが作られる。
ふたりで「犯人」を突き止めると、それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった。
あたるの分身のようなAIが書く小説は、やがてオリジナルの作品を書くようになり──。

 こんな感じで、テーマはAIという感じがある。しかしこれは、テーマがAIであるということを言いたいがために一般的なエンタメ小説のラインよりもネタバレしてしまっているちょっと良くない内容紹介だと思う。

 上記の紹介文からAIが来るぞと思ってわくわくしながら読むと、「それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった」にあたる部分がなかなか来ない。こういう紹介になっていたら前半1/3くらいでAIだという事実が明かされそうなものだけど、実際に「それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった」が判明するのはページ数で言うと全体の2/3あたり。これが読んでいるときに結構もやもやした。このプロットだと「実はAI」は結構びっくりさせたい事実なんじゃないの、というのを読んでいて感じたため。たとえば前半、AIのアカウントである「坂下あたるα」の正体が何者なのかまったく明かされないので、坂下あたる本人の自作自演、主人公の佐藤がやっている(彼が信頼できない語り手である)、浦川さとかや京王蕾がやっている、それとも最初の方でちょっと出てきた文学フリマに出てるおじさん(おじさんエアリプのリアル感めちゃくちゃ好き)……とか色々考えてしまうけどどれも当てはまらない、という感じはちょっとしたミステリー味があるのだけれど、でも紹介文におもいっきりAIって書いてあったからAIだってわかっており、そのミステリー味がまったく楽しめないという謎状態に陥る。

 そりゃあせっかく創作AIに関する良い小説が出るんだからAIというキーワードを使って宣伝したいという都合はわかるんだけど、プロットと噛み合っていない感じがもやもやした。まあでもその宣伝がされていなければ自分が読むきっかけにも繋がらなかっただろうし、これ宣伝文がこうなってなかったらAIの小説なんですよって人におすすめするのもネタバレ配慮で憚られてしまうだろうし……。難しいですね。

 次に、これは必ずしも悪いと思ったことではなく、自分の思っていたきり取り方と違ったというだけだけれども、AIがテーマですと言った割には技術的な掘り下げは皆無というか、やりませんと明言している感じがあった。それこそ「それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった」が判明するパートで、小説投稿サイトの管理人の天才少年(なんでそこで急にラノベみたいな年少キャラ設定出てくるんだよというあたりも遊んでる感あるんだけど、これがリアリティラインを急激に押し下げる効果があって、AIの設定の強引さが薄まってるのがなかなか上手い)の長台詞で語られる内容が要するに「なんかバグで出ました」くらいしか言っておらず、AIというよりはもう投稿サイト上に現れたまねっこ幽霊ですくらいの設定であり、いやAIのアルゴリズムはブラックボックスで良いけど小説投稿サイトのサーバーごときで自然発生はしないだろそれ、発想が付喪神だよ、と思う。これを考えてもやっぱり作者のプロット上でAIはテーマではありつつもそのものを掘り下げたい題材なわけではなくて、宣伝文ミスマッチしてません?という先の話題に戻る。

 という微妙な点を始めに書き連ねたけれど、良かったところを書いていくと、AI関連については、投稿サイトの未公開の下書きからも情報が得られるだとか、既に投稿済みの部分についてもどんどん修正していってしまうだとかは現代的なリアルがあってよかった。誰にも公開していないという認識でいてもサービスプロバイダー(が飼っているAI)からは見えるというのはGoogle Drive検閲問題とかでリアリティのある話。投稿済み部分が修正されてどんどん変わっていってしまうのはWeb連載小説では(程度の問題こそあれ)あるあるであり、AIが小説を書きますと言ったときに原稿用紙に書くよりも投稿サイトに書く方がリアリティがあると考えれば、自然な帰結になる(まあそれを言ったら人間が読めるペースで連載が更新されていくということの方がちょっとリアリティ無いかもしれないけどね)。

 また、一番良かったと思うのは、先に触れたAIの技術的な中身の掘り下げは立ち入らないのに対して、その外形的な振る舞いや、その存在、その創作が人間に与えるものについて、青春小説の中で正面から扱っていたこと。AIの「模倣」性、「この人だったらこう書きそう」を書く性質、のようなものを物語の中心に据えて、それがしっかりと最終的な解決に繋がっているのが良かった。坂下あたる本人のアカウント「坂下あたる!」をモデルにしたAIである「坂下あたるα」が、いかにも坂下あたるが書きそうな語彙と内容の小説を書き、それが本人を上回っている(と本人に思わせた)ことが坂下あたるから言葉を奪ってしまう。それに対して、坂下あたるが「あえて語らなかった」「語りこぼした」言葉で詩を書き始めたと自認している毅がぶつけた作品、同じくあたるにとっては「まるで、オレが書いたみたい」と思える作品が、けれど「かいた相手が友だちだっただけで、本来文学とはなんの関係もないようなそんな事実だけで、とても安心してしまった」ことからあたるを救うことに繋がる。AIに意図や意思がない、あるいはAIが出した解に対して理由を尋ねても答えてくれない、というような性質をうまく使って、αと毅の相似・対比が鮮やかで、その構図があたるを救い出しているのがすごく綺麗で感動した。下手にAIに人格や感情的なものを付与していないのが効いてくるのが良かった。

 詩と小説を使い分けているのも上手いと思った。作中作として小説だと全文を掲載するのは当然難しいけれど、詩ならそれほど難しくなく、実際クライマックスの毅の作品も全文作中作として入っている。それ以外にも詩は作中作も、引用も多数登場するけれど、地の文から遊離したリズムや語彙の彩りが作品全体に良い違和を持ってきていると思った。自分は現代詩まったく読まないので新鮮さも大きかった。

 以上、題材が好きなだけに良くないと思った点も色々書いたけど、非常に面白く、読んで良かったです。

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー 小野田和子 訳

 せーの、プロジェクト・ヘイル・メアリー、最高ー!

 ものすごく面白いとのことで読まないといけないと思ってたけど読めてなくて、やっと読み始めたら二日で読み終えてしまったくらいめちゃめちゃ面白かった。前情報なしで読んだ方がいいと散々言われていたので実際基本的に前情報なく、『火星の人』のアンディー・ウィアーの新作で宇宙関連っぽいことくらいしか入れずに読んだけど本当にそれで良かった。もし読んでいない人がいたらこの記事の先は読まずに本を買って読んでください。

 以降ネタバレがある。

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