『誤解するカド ファーストコンタクトSF傑作選』 野﨑まど・大森望 編

 ファーストコンタクトSF傑作選。言うほどファーストコンタクトじゃないのでは……。

筒井康隆「関節話法」

 いきなりファーストじゃないじゃん。でもすごい。ギャグをここまで広げていけるのさすがの手腕だな……。

小川一水「コズミックロマンスカルテット with E」

 合わなかった。カップリング脳なので。

野尻抱介「恒星間メテオロイド」

 合わなかった。このロマンス要素みたいなやついらないんじゃないかと思ってしまった。

ジョン・クロウリー「消えた」

 結局どうなったのかあんまりよく分からなかったんだけど、この得体の知れなさと人間側の事情が絡み合う感じが好きなファーストコンタクトSFだった。

シオドア・スタージョン「タンディの物語」

 これも子供に得体の知れない奇怪さが噛み合ってくる話の展開が楽しかった。描写に凄みがある。レシピのとこはうるせえなと思った。

フィリップ・K・ディック「ウーブ身重く横たわる」

 よくあるタイプの話だし注意してれば途中で読めてておかしくなかったと思うんだけど、結果的にオチが読めてなくて、最後うおおおってなったので楽しかった。いい短編だ。

円城塔「イグノラムス・イグノラビムス」

 めちゃめちゃ良かった。ワープ鴨から導入して(北大路魯山人要素で笑ってしまった)あっという間にすごいところに連れて行ってSFが展開して戻ってくる美しさ。本書の中で一番すき。

飛浩隆「はるかな響き Ein leiser Ton」

 サラダ作りすぎの描写が良かった。そしたら参考文献で笑った。

コニー・ウィリス「わが愛しき娘たちよ」

 ヤバい話だとは思った。

野崎まど「第五の地平」

 野﨑まどの短編だ……。野﨑まどのSF短編のときの真顔で改段落してギャグが入るの好き。ほぼ全部会話でやってしまうの贅をそぎ落とした感じでいいな。

『2010年代海外SF傑作選』 橋本輝幸 編

 2000年代~から続けて読むと、2010年は混沌の年代だった……というのはいまが2020年代初頭だからそういうバイアスが掛かって見えるというのが多分にあるんだろうけど、でもそう感じた。特に前半に2010年代感を強く感じる作品が並んでいた気がする。個々の作品は自分の好みには合わないものも結構あったけれど、2010年代のカオスを感じられる良いアンソロジーだった。

「火炎病」ピーター・トライアス

 スマホが当たり前になって、ARみたいなものが身近な質感を持つようになった2010年代の感覚。火炎病という題材とその正体は面白かったけど、これだけだとお話としてはプロローグだなと思って物足りなかった。

「乾坤と亜力」郝 景芳

 AIが学ぶ話。子供から。というのは2010年代感は別にないけど、巨大サービスがWeb経由で世界中に同時並行で何かを提供してるっていう想像力は2010年代的かもしれないなと思う(そういう映画もあったよなと思い出した)。

「ロボットとカラスがイーストセントルイスを救った話」アナリー・ニューイッツ

 これよかった。本書の初読作品だと一番好き。かわいい。「餌!」「死!」

 ロボットが自分の役目のためにがんばる話で、それは昔からあるけど、元の管理者がCDCの予算なくなってアマゾン・ヘルスに行くというのが2010年代的(適当)。そういうちょっと社会的な視点を盛り込みつつも、ロボットががんばってて、かわいいし、最後の画がすごく良い。

「内臓感覚」ピーター・ワッツ

 Google帝国の話で、不穏な描写(ガラスにぶつかってくるところとか)がすごく良かったけど、オチが腑に落ちなかった。

「プログラム可能物質の時代における飢餓の未来」サム・J・ミラー

 多分破滅の話なんだけど、よくわからなかった。

「OPEN」チャールズ・ユウ

 導入と設定は良かったけど結末が腑に落ちなかった。

「良い狩りを」ケン・リュウ

 これだけ既読の作品。幻想魔術スチームパンク。やっぱり好きだな。興味をそそる導入から中盤でターンがあって最後に期待通りの意外性がある。良い。

「果てしない別れ」陳 楸帆

 良かった。意識とか自己同一性とかの題材。軍人来るあたりとかのご都合感はちょっとうーんってなるんだけど、蠕虫との合一とかいうものすごくチャレンジングな話をしっかり書いてあって結末の味わいも素敵だった。

「“ “」チャイナ・ミエヴィル

 架空生物の話。ちょっと平凡に感じてしまった。

「ジャガンナート――世界の主」カリン・ティドベック

 ディストピア的なやつ。肉肉しい。ディストピア的なんだけどマザーの内部社会が(そもそも言うほど社会なのかわからないが)抑圧的なのかというと別にそういうわけでも……いや抑圧的かな。単純な擬人化的な仕掛けとか人類の分化的な構想とはちょっと違う、ひねった奇妙さがあって面白かった。

「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」テッド・チャン

 急に中編小説が来てびっくりした。良かった。AI生物の育成の話。色んな要素が盛り込まれているけれど、ソフトウェアやプラットフォームサービスの陳腐化と、人間の時間と、AI生物のディジエントの時間のズレ方みたいなところの難しさを一番感じた。セカンドライフの歴史を知ってるからVR Chatもまあ……みたいな、ものすごい雑だから有識者からは反論があるのかもしれないけど、なんかそういうテック諸行無常みたいな感覚を2010年代を通り過ぎた我々は持ってるよね。長い人生の時間軸をたっぷりつかって、ただ地面から足が離れてしまうほどの長時間じゃない射程で、丁寧に地続きの未来を描いているのが良い作品だった。

『全滅領域』『監視機構』『世界受容』(サザーン・リーチ) ジェフ・ヴァンダミア 酒井昭伸 訳

 良い小説だ……。

 神ゲー『CONTROL』が影響を受けているという話(たとえばこの記事)を聞いて読みました。確かに人物造形とか空気感で影響を受けている部分がかなりあるんだろうなと思いつつ、「CONTROLが影響受けてる」と聞いて想像した内容とは全く別物で、逆にCONTROLのゲームとしての組み立てはすごいなと思った。というか直球的なものはControlという単語(意味は全然違う)、局長Directorという役職(位置づけは全然違う)、あとはサザーン・リーチの局舎(どこでも入れる清掃員っていうので笑ったけど)あたりに見いだせなくもないという程度で、むしろそれで結びつけるのはこじつけ感があって、前述のインタビューで明言されてなかったら言うほど繋がり無いでしょと思ったかもしれないくらい。インスパイヤですとか言って直球に意匠をパクってしまう自分をめちゃめちゃ反省した。

 ともかく不穏で、良く意味は分からないのだけれど、大自然、不穏な描写、狂気、でもその感情……説明できないな。なんかよく分からないけれどすごいし良い小説。全滅領域はなんだこれどうなるんだという導入、監視機構はともかくコントロールがもがく感じが良くて、生物学者が良くて、世界受容はコントロールとゴーストバードの互いの視線が良くて、灯台守とグロリアが良くて、グレイスもめちゃ良くて、まあ全部良かった。あとこれドッペルゲンガー百合小説だよな。おすすめです。

『2000年代海外SF傑作選』

 傑作揃いだ。

『ミセス・ゼノンのパラドックス』エレン・クレイジャズ

 一発ネタなんだけど持って行き方が小気味よくて好き。これを先頭に配置したアンソロジーの勝利。

『懐かしき主人の声(ヒズ・マスターズ・ボイス)』ハンヌ・ライアニエミ

 動物サイバーパンク。なんかわちゃわちゃしてた。

『第二人称現在形』ダリル・グレゴリイ

 これ好き。ゼロ年代的、SF的な問題意識を題材にしつつ人間を掘り下げていく。2000年代のイメージって、この脳科学系の問題はもう全然新しくはないんだけど未だに全然飽きられてもいない、みたいな時代感だと思うから、このラインナップにも当然入ってくるはずで、でも似たような題材の作品山ほど書かれてる中でどう選ぶというのはきっと難しいと思う。でもそこでいかにもドライにハードSFっぽいのじゃなくてこの作品なのはSFの広さを感じた。

『地火』劉慈欣

 めちゃめちゃ良いじゃないですか。すごい作品。感想書いてもう一回興奮してきてしまった。この並びもすごくて、『第二人称現在形』は題材的には山ほど書き尽くされてる自己の話、けどドラマが良いよね、っていうやつなんだけど、『地火』は全然違う方向向いてて異色作というか……。社会。最後のシーンのパワーすごくて、素朴な科学の進歩史観的なものに対して強烈な居心地の悪さを叩き込んでくる。本書でこれが一番すごい作品だと思った。

『シスアドが世界を支配するとき』コリイ・ドクトロウ

 インターネットが世界を変えていく、良くしていくっていう素朴な……いや、どこまでが狙いかはともかくいまこれを書いていて思ったのは『地火』からの角度の切り替えが鋭すぎてすごい。インターネットというのがどちらかというと性善説的なテクノロジーで、柔らかくて頑健な作りになっていて、それを作って日々守るために活躍しているギークたちのプライド、根性、みたいなものに対するポジティブな見方があると思うんですけど、あるよね? ボクの肛門も閉鎖されそうですコピペみたいな感じですよあれも2000年代(その例は何?)。なんかそういう時代の質感を上手く題材にしている( 『地火』 の最後の強烈な無邪気さから振り返るとうーんとなるところがあるが!)。

 作品としては題材と中盤までの展開は良かったけど終わり方が気に入らなかった。

『コールダー・ウォー』チャールズ・ストロス

 これも題材と中盤までの展開は良かったけど(めちゃめちゃかっこいい)、終わり方が気に入らなかった。ちゃんとけりを付けて欲しい。

『可能性はゼロじゃない』N・K・ジェミシン

 この作品はちょっとよく分からなかった。

『暗黒整数』グレッグ・イーガン

 これだけ既読の作品。やっぱり相変わらず、かっこいい。

『ジーマ・ブルー』アレステア・レナルズ

 これは大好きですね。題材としてもフェチズムがあり、ジーマ・ブルーの青色に奇想が収束する感じが良い。締めくくりに相応しい傑作。

『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』 宮澤伊織

 ずっと気にはなっていました。怪異とかネットロアとかを扱っていて百合らしいと。それ好きなやつじゃないかと。都市伝説を扱って百合を目指した小説を書いていたときに方向性が近いと言われたこともありました。それなのに今まで読まなかったのはなんとなくWeb上の宣伝の方向性が気に入らないという完全に私怨な食わず嫌いだったのですが、そういう食わず嫌いは良くない、ちゃんと読んでから判断すべき、という天使の人格がKindle版50%オフセールで殴られたので買って読みました。

 残念ながら微妙だなと感じました。これは題材が好きだからハードルが上がっている可能性が高いのですが、なんかネットロアとりあえず出しただけで生かし切れてない感(4話の裏世界の怪異たちへの解釈はちょっと面白かったのだが、その理屈だと海兵隊がきさらぎ駅に到着はしないだろとか思ってしまって、この作りの感じだとその辺を続刊で回収……とかもあんまり期待できないなぁと)、あとは小説として上手く感じないというか、多分これ、アニメで作画動画が良ければ楽しいと思うんですが、小説という媒体で読んだときにあんまり良さがないんじゃないかなぁと思いました。心情とか。あとはそれこそネットロアってテキストだしそのへんなぁ、とか。多分題材が好きだからハードルが上がってるだけだな……。アニメを見ようかと思います。→(追記)アニメもnot for meだった……

『華氏451度』 Ray Bradbury 伊藤典夫訳

 洒落臭い表紙の新訳。実は読んだことが無かった。

 思ったよりよくわからないというか意識が解離してる描写が多くてこれどうするんだよと前半は思っていた。でも後半で急にディストピア物のテンプレ感が出てくる……というのは多分逆で、これが本家でインスパイア元なんだろう。作中で、どんどんみんなが馬鹿になって物事が要約されて圧縮されて短くなってみたいな話があったけど、まさに現代化に伴って今のディストピア物はこんなスピードではやっていけなくて開幕自宅炎上くらいには加速しないとダメだろうなとか思うと面白かった。

『象られた力 kaleidscape』 飛浩隆

 ぞ、象られた力……。

 短編4編。最初の『デュオ』が良かった。かなり読ませる。敵(?)の強さのほどよい感じが良いし、音楽周りの設定と描写がばっちり決まっていて、登場人物の配置に無駄がなくて光っている。すごく好き。『呪界のほとり』『夜と泥の』はあんまり響かなかった。表題作『象られた力』はイメージの鮮やかさとかアクションシーンがすごい良かったけど、最後がちょっとよくわからなかった。

『オニキス』 下永聖高

 短編5編。どれもSFとして(最後のは違うか)アイデアが良くて、描写も鮮烈な感じがする。特に『オニキス』と『三千世界』は良かった。チートコードみたいな雑だけど丁寧な設定良いよね。ただオチが弱いというかもう一ひねり欲しかった感じがあった。

『マルドゥック・スクランブル』 冲方丁

 熱い小説だった。カジノシーンめっちゃ長い。カジノだけで一冊分くらいあるだろ。しかしそのカジノが面白い。物理的なやつから始まって最後ブラックジャックに行くの最高だし、ドローですなおじさんすごい好き。

 サイバーパンクの翻訳文体調というのもなかなか面白かった。というか翻訳文体調ってなんか倒錯しているというかそれだけで面白いな。あとなんかあとがきが熱かったのでその印象がより強化されたんだけれど、作者が最高に楽しんで苦しんで書いているというのが伝わってくるのが良かった。

『ヨハネスブルグの天使たち』 宮内悠介

 落ちる少女ロボットSF連作。ロボットの使い方が面白く、連作の繋がり方も絶妙な具合だったように思う。今度はこう落ちるのか、みたいな。落下を書きたいというところにSFを後付していくような感覚。というか設定は意味不明でツッコミどころ満載であり、真面目に考えたがる人は受け入れられないと思うから、一般的な尺度で言うとSFとしてはダメなんじゃないだろうかと思った。しかも「あんま考えなくていいですよ」みたいなポーズを発信してないからな。でも個人的には別に問題なく好き。舞台の異国感もよい。ヨハネスブルグ、ニューヨーク、アフガニスタン、イエメン、東京。その舞台であることに必然性があるかといえばよくわからないし、ニューヨークと東京はともかく(しかしこの東京は今の東京ではないのだが)行ったことなんてない国にリアリティもよくわからないのだけれど、不思議な質感とか空気感みたいなものを漂わせることに成功している。