『時砂の王』 小川一水

 王道っぽいSF。海外モノのような硬派な語りでありながら、メインの舞台は邪馬台国、ヒロインが卑弥呼というジャパニメーションっぽい雰囲気が楽しめた。ただ読後感としては物足りないというか、収まるべきところに収まったというところで終わってしまっている感じがした。

『あなたのための物語』 長谷敏司

 非常にボリュームがあった。アクションとか急転直下とかどんでん返しとかそういうのがない重厚なSFをしっかり書ききっている。この小説自体が平板、フラット、というか、派手な展開がなさすぎて、実家に帰るシーンとかだいぶ死にたくなる。うまく感想を言えないタイプの小説。SFの設定を借りているが中身は人間と死の話。(少なくともまだ)世界は変わらない。

『ソラリス』 Stanisław Lem 沼野充義訳

 面白すぎる。最初はSFをメタ的に使いつつミステリっぽいことをするのかと思いそこでワクワクし、と思ったらロマンスに向かうのかと思ったらそんなこともなく、結局のところコンタクト問題をストイックに殴り続けていておうよく殴るなという感じ。しかしその、ミステリっぽいところやロマンスっぽいところなどの周辺要素が牽引力になって、読ませてくる。

 訳者解説によればレムが扱いたかった題材はまさにコンタクト問題であって、確かに問題を見出して提示しているそのさまは結局SFらしい小説だよなと思った。延々ソラリス学を語り続けるメタSFっぽいところを表に出しながらも、作品を通して続けられる問題提起のスタイルは本来のSFらしさだと思う。ところで2回の映画化はいずれもその主題から外れてしまい、レムからするとまったく気に入らなかったのだという話も解説で触れられていたが、映画化する側からしたら無理も無いというか、それはアレンジしないと映画としてエンターテイメントにはならんだろうと思う。見てないからどれくらい変えたのか知らないけれど。

 そんな映画化もされている作品だし名作に位置づけられるものなのだろうと思って、当然長らくavailableであったものだと思ったら、ポーランド語からの直訳が出たのはわりと最近だそうで、今年になってハヤカワ文庫に入ったと知って驚いた。

『スワロウテイル人工少女販売処』 籘真千歳

 あらすじの大体嘘だろ感。公式のあらすじよりももっとサイバーパンク感があります。

 とても面白く楽しめました。こういうこてこてのくせのある感じ好き。ルビバラマキ系と強引アクロニム系も好き。赤色機関無理あるだろ。〇六式無人八脚対人装甲車のフェチさやばいでしょう。トビグモだよ?

 ひたすら濃い目の味付けで分量も多く、スッキリさせようと思えば多分半分くらいで書けたであろうところ(しかもどうせ続編出ているのだから、商業的にも後回しに出来たことはたくさんあっただろう)、そういうのは無視してやりたいことをひたすら繰り広げる姿勢いいとおもいます。なんか事件のミステリーっぽい要素どっかいったし、ダブル主人公かと思ったらそんなことなかったし。とりあえずアツい戦闘シーン書くし。好き勝手やってるなという。楽しそう。

 続きも読みたい。

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 Philip K Dick 浅倉久志訳

 映画ブレードランナーとはだいぶ違うとは聞いていたけど全然違ったしめちゃめちゃ面白かった。マーサー教とイジドアの使い方すごすぎないか。あと感情移入検査のシーンぶん殴り方がすごい。自分に使えんのかよ。昔っぽいややゆっくりした展開ながらも、レイチェルを最初に見破るところとかガーランドのところとか熱い。ばらまいているようで意外と無駄が少ない。古典は一応読むべきだなと思った。

『夏への扉』 Robert Anson Heinlein

 最高にハッピーエンド。SFというと重くて暗い奴が多い(そんなことはない)が、読んでいて嬉しいハッピーエンドだった。というか、あまりSFじゃないのかもしれなかった。あと、猫SFと言われているが、実際そこまで猫が全面に押し出されているようには感じなかった。っていうか別に押し出されてないよね? 猫でもなくSFでもなかったらなんになるのか? まあロリコンは時間が解決してくれる、とかそんなところか。

『know』 野崎まど

 ネタバレ含む。クリティカルではないつもりだけど。
 聞いていた通りの巧い小説だった。物語の推進力が維持され、加速し、収束し、余韻を残して投げ飛ばす。
 典型的なややライトなサイバーパンク風、多少のディストピア感あり、ボーイ・ミーツ・スーパーガールモノ、といったところで、パーツ個々にはとくに真新しさは感じない。が、新鮮に感じたのは二点。

 一点目。タイトルでもある、知る/know、ということの掘り下げ。冒頭、未来の京都の修学旅行生たちは、やたら解説口調で、それこそスマホでWikipediaを見ながらといった感じでしゃべっているけれど、まさにそれが意図した演出であったことに舌を巻く。検索して今まさに仕入れた知識と、もともと持っていた知識とを区別せずに喋ったり文章を書いたりする現代人の行動が(このブログだってそうだ)、そのまま着想になっているのでは、とも思える。
「科学が求めるものはなんだ?」
 プロローグの最後(そう所詮ここまではプロローグなわけだ)、このような巧い物語の構造上宿命的に退場しなければならない(それも二度も!)カリスマは言う。
「”全知”だよ」
 ここにおいてこの物語の到達点は”全知”であることが示される。では全知とはなんなのか。全てを知ること。すべてを知るためには、いま自分は何を知らないのかを知らなければならない。いま自分はなにを知らないのか。その探求のために(あるいは主人公や、私達読者の探求を促すために)、彼女は4日間を使った。そうして辿り着いた場所は、ある意味正統派であって、やはりこのパーツには真新しさを感じない。というか、人類史上もっともみんなが気にしてきたことだ。けれど、そこに至るまでの道筋は、今までにあまり触れたことのないもので、面白く読むことができた。

 二点目。物語の結末。これくらいのスケールの世界の変え方、良いな、と思った。一人や二人の脳の中で完結してしまうのでもなく、人類が直球でどうにかなるわけでもない。このバランス感覚と、エピローグの表現手法は、非常に強力だと思った。投げつけてくれる。

 あと、もう一つこれは別に新鮮っていうわけじゃないけど巧いと思うのは、この小説は魅力的な反復を幾つか備えているということ。装備しっかりしてますね、という感じ。って初めてです、とか。

 良くない点は義務みたいなセックスシーンがあることです。

『虐殺器官』 伊藤計劃

登場人物が思想を持っている小説は強い。これもそういう深さがある。

虐殺の文法というある意味SFらしくないSFギミックを搭載しているのが面白い。そういう手段をとることを選ばせたのはなんだったのだろうか。一方で人工筋肉の使い方が伏線として効いてくるあたり、練られている。いろんな設定や、世界各地の描写など、持っている引き出しの量が尋常でないことも感じられた。

『ハーモニー』 伊藤計劃

「たまには生きてる現代の作家の小説も(紙の本で)読むか」とか思って買いに行ったのにいつの間にか生きていない人のを買ってしまいましたが、しかし本になった長編が2作だけというのは惜しいというか、惜しいなんていうのはおこがましい気もするんですが、でもなんかもっといっぱい書けそうなタイプの人だよなと、この一作だけ読んで思った。

etmlの伏線はだいたい想像がついたものの、でも普通だったら体言止めなり連体止めなり連用中止(このあたりの用語曖昧すぎてあれですが)で並列して表現しそうなところをリスト化して箇条書きにしているのは面白かった。

他に表現方法としては、疑問形の「……」が独特の使い方のように感じて印象に残った。「ねえ、知ってる……」みたいなの。これは誰かから影響を受けたものか、伊藤計劃独自のものなのか、どうなんだろう。

相当に面白い小説だと思った。「螺旋監察官」とか文字だけでテンション上がるし。女の子だらけなのもいいし。っていうか虐殺器官じゃなくてハーモニーを先に読んでしまったのはその理由だったりした。で、その女の子が「~~って知ってる……」とか言うし。いいだろこれ。影響受けかねない。あとは色々引用してたのもうまかったし、作者のイメージの引用元の深さを感じさせた。

文句をつけるならば好みとしては最後のほうもうちょっと引っ張って欲しいというか。この手の作品はどうもいつもそう感じてしまう傾向がある(だからどちらかというと、俺の個人的な問題なのかもしれない)んだけど、色々結末につながる事実が上がってきて「あ、もう収束し始めたな」って思ってからがあっけない。この作品はSF要素があったりなんか色々かっこよかったりミァハかわいかったりしてその部分で楽しんで読めたけど、ミステリ的要素の部分は相変わらず最後あっけないパターンのように感じてしまった。もちろんそれが狙いなのかもしれない。作品世界から置いていかっる感覚。でもおもしろかったからいい。