『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』 アーシュラ・K・ル=グウィン 大久保ゆう訳

 そういえばこのブログには書いていなかったので書き残してリンクを貼っておこうと思った。

 本書がよくある(よくある?)小説創作本と少し違う特徴は二つ。

 一つは切り口が『文体』であること。よく売れている気がする創作指南本では話題がプロットとキャラクターであることが圧倒的に多いと思う。プロット、キャラクター、ナラティブという三大要素(いま勝手に決めました)のなかで言ったら文体に関する本は少数派だったのではないか。「みんなコード進行ばっかり勉強しすぎだろ!」みたいな……。

 もう一つは、章毎に練習問題があり、かつその練習問題に合評会(ワークショップ)の形式で取り組むことが推奨されていること。そもそもル=グウィン先生が実施していたワークショップを本にまとめたというものらしい。練習問題がある創作指南本までならみたことがあるけれど、前述の通りプロットとかキャラクターの場合、練習問題といってもボリュームが大きくなりがちだし(っていうか練習問題がプロット書け、になりがち)、合評会をちゃんとやるのは結構難しい。それに対して文体に関する練習であれば書く文も短くて成立するし、合評会が結構気軽にできるラインに入ってくるのが大きいと思った。合評会までいかなくとも練習問題を解いた答案をオンラインで公開したりとかもやりやすいので良い。

 自分は幸運にも合評会に参加することができ(感謝!)、昨夏からやってきたのですが、これがめちゃくちゃ楽しかった。単純に同じ課題で他の人が書いたものを自分のを見比べたときの差が面白くて勉強になるし、自作に対して客観的な感想が複数もらえるというのもとても良い。他の人の作に対してコメントするのも、練習問題で設定された切り口で分析的に読む楽しさがあるし、本人から意図が聞けるなどというチャンスまである。ル=グウィン式合評会ルール(たとえば「実質ウテナ」とか「百合なんだよな」のような発言が禁止されています)が良くて心理的安全性も確保された感じになる。また、「文体」メインであることの副次的な良さとして、提出した回答は「それ以上でもそれ以下でもない」という扱いがしやすいので、変な言い訳はできないし、過剰な思い入れを持つこともない気がする。たとえばプロットの合評会やろうとしたらプロット書いて出してそれになんかコメントされたとき多分つい「確かにそうですね~でも本文でこういう感じに書けば良いかなと思って~」みたいな言い訳出そうだけど(つまりプロットは途中工程だから)、それに対して語りだと断片的かもしれないが一応最終成果物だからそういうのがない。

 そんな感じで取り組んだ回答を以下で公開しているので、よろしければどうぞ。

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